しかし、まったく恥ずかしい文章な限り。ポール・オースターのクダリは、なにに感銘を受けたのか不明。まるでこれは日記の添削のようだ。

1.
今日、3人の女の子、年は5、6歳か、とであう。
(しかしすでに完全な子供ではなかった。社会を自覚している。)
隔たりを感じた。彼女ら自身の問題。私の問題。思考が頭を駆け巡る。
なぜすぐ友達になれないのか。

部屋で本を見る。
「本物の子供になるには、底深き海に飛び込んで父親を救わねばならないというのは真実か?」ポール・オースター「孤独の発明」より
そこから連鎖。ピカソ。彼は何をしようとしたのか。
今まで大人とは、子供であることを認識したものと定義していた。
今、大人というのは、子供であることの永遠の喪失では?に変更。
それへの望郷の念に似た思い。

2.
徹底的で、強固で、残忍で、強烈な、
悪とは、
気付かないこと。

デスマイクってなんや?ぜんぜん覚えてない。さては妄想か。

とりあえずいましごとをおえる。現時点で、2日徹夜だが、
日曜までは、眠れない。かなりハードなはずなのだが、ぜんぜんなんもかわらん。今日は、ベアーズで「デスマイク」のライブ。しかし、練習ぜんぜんいけんかった。今、朝ご飯にキャンベルのコーンスープのんだ。ヤっパ指がおかしい。今、読み返して見た。
あたまもおかしいわ。やったーーと、いっておこう。
もうばらばら。ぜんぜんとりとめない。
この思考の流れを追って見たい。
その中に共通のものがあるだろう。
武村忍ゆーパターンが。
で、マンダラートか。
ほしいな。
つくろ。

ケミカル記念日。そうではないなとのたまうことで手前に暗示をかけているつもりだったのを覚えているわ。いまだ、そして永劫に半身。

ひさしぶりに日記をつける。
ここ一週間では、いわおが知覚の扉に触れたことか。
まあ、ゆっくりいこーね。
なんか、この時期はいろいろと問題が起こる。
僕自身にはたいして何もないのだが、
周囲の状況がすごくなる。
俺がすごくならんのは、
半身だからか?
そうではないな、もう。